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(2005年8月25日号記事)
INTERVIEW インタビュー

前・東京都議会議員 藤川隆則
「党派より地域のため」が信念。これからは子供たちへ向けた文化活動をしていきたい

 小金井市議会議員3期、東京都議会議員3期を務めた藤川氏は、今年7月、惜しまれながら政界を引退し、後進に道を譲った。「生まれ育った小金井には特別な思いがある」という藤川氏に、24年間の政治生活を振り返っていただいた。

―市議3期、都議3期。24年間にわたり政界に身を置き、自らピリオドを打った。今の心境は?
「荷を降ろしてほっとしているというのが正直な気持ちです。仕事の緊張感もさることながら、皆さんから選ばれた議員である以上、市民の代表として恥ずかしくない行動をとらなければというプレッシャーは想像以上に大きなものでした。今は、『まったく自由だ!』という開放感がありますね(笑)」
―ご家族は
「同じ気持でしょう。とくに家内には、ときに秘書、ときにご意見番など、あらゆる意味でサポートしてもらいました。これからは楽をさせてやりたいと思っています」
―私企業の社員から政界へ進んだきっかけは?
「父が小金井自民党のリーダーをやっていたので、政治家は身近な存在でした。もっとも、苦労を含め色々見てきましたから、政治家だけにはなりたくないと別の道を歩んだのですが、市長のスキャンダルや財政難などで小金井市政がガタガタになってしまった。そのとき、何とかしなくてはという危機感から市議に立候補したのが、この道に入ったきっかけです」
―実際に入ってみた感想は?
「最も面白かったのは、問題を先取りして、解決策を打ち出せたことですね。市議、都議を含め、『地方議員は党派のためでなく地域のために活動する』ことを信念にやってきました」
―小金井のために様々なことを実行されたが(主な実績は別蘭参照)、とくに印象に残っていることは?
「ひとつは、小金井街道の拡幅や電柱地中化といった道路整備です。その大きなきっかけとなったのは、阪神淡路大震災の視察でした。電信柱が道路に倒れたり道が狭くて救急車や消防車が立ち往生し、緊急輸送ができない状態を目の当たりにしました。同じような地震が関東で起こったときのことを考えると、惨事が起こる前になんとかしなければならない。そこで、道路行政ではなく、防災という視点から交通網の整備に着手しました」
―玉川上水に放流設備を作ったのも視察がヒントに?
「はい。二次災害の火災では水不足による被害拡大も多く見受けられました。現状の玉川上水では、水不足になることが目に見えています。放流設備をつけたことで、災害時には小平の監視所(水門)から水が供給され、半径2キロ四方の放水と、生活用水の確保が可能になりました。災害は起こらないに越した事がないですが、いざというときに被害を最小限に抑える設備があるということは、市民の皆さんに安心して頂けると思います」
―また、在職中は数々の自然保護活動も行った。あきる野市の「横沢入」全面保全をはじめ、小金井では、はけの緑を守る取り組み、野川の調節池にビオトープ(自然観察池)を作った実績もある。
「私は昔から、これからは『緑の多さがその町の価値を決める時代になるだろう』と、思っていました。市は財政が貧窮し、予算も自然保護にはなかなか回らないけれど、幸い、小金井には『小金井公園』『野川公園』『武蔵野公園』。そして公園墓地の『多磨霊園』、市が管理を任されている『滄浪泉園』と、都の公園が5つあります。そこで、都の財源で小金井の貴重な緑地を確保することに力を入れました。私は、小金井生まれ、小金井育ち。幼少の頃は小学校も中学校も一校しかなかった時代で、市の発展史は私の成長期と重なります。そういう意味でも小金井への思いは特別なものがあります。都議になってからも、都民ひいては小金井市民のためになることを考え、実行してきました」
―最近は、どの選挙も投票率が低い。市民が政治に関心を持つには?
「私は、皆さんの一票を頂いて市議や都議になりました。その期待を裏切ってはいけないと日々勉強を重ねてきましたが、一票をいれて下さった方々も、自分が投票して当選した議員が、公約を果たす努力をしているのか見続けることが大切だと思いますね。情報は広報紙やホームページなどで得られます。双方がレベルアップしていくことが、行政を良くしていくことに繋がります」
―今後、継続していきたいことは?
「以前から、文化・芸術・スポーツの振興を図る活動に力を入れてきました。こういった文化活動は引き続きやりたいですね」
―コンサートなどによく足を運ばれるそうだが。
「自分が好きだということもありますが、若い人たち、とくに子供たちに聴かせたいと思っています。
私は議員になる前に、米国勤務をしていましたが、当時、小澤征爾さんがボストンフィルの指揮者、タングルウッドの野外コンサートに毎年、家族と行っていました。子供たちが学齢期前でしたが、とても熱心に聴いていたんですね。そのとき、いいものは子供にも分かるんだ。本物に触れることは、その子の将来に好影響を与えるに違いない、と実感しました。その思いは今でも変わりません。これからも、子供たちが『本物』に触れる機会を提供し続けていきたいと思います」

(プロフィール)
1936年、小金井市桜町生まれ。早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業。 米国留学後、大日本印刷(株)に入社。同社ニューヨーク駐在員を経て、81年、小金井市議会議員に当選。3期務めた後、東京都議会議員に当選。93年より今年3月まで3期を務める。在職中は、東京都監査委員、都議会都市計画環境保全委員会委員長などを歴任した。

【主な実績】
小金井街道電線地中化。玉川上水に災害時の放流設備設置。東京都所有の文化芸術施設の活用推進。「東大通り」「連雀通り」などの拡幅整備。「交差点すいすいプラン100」の積極導入。野川第一調節池のビオトープ。「はけの緑」の保護。小金井消防署の完成。警察署の移転・新設、他多数。

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